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分析目的と質量分析計の種類について-1

今回から数回に亘って、何かの試料を質量分析する時、その目的に応じてどのような質量分析計を使えば良いのか? という内容について解説します。なかなか広い話になるので、何回かに分けて、書き進めていこうと思います。

 

この内容を解説するために、先ずは質量分析計の構成(図1)を確認しておきましょう。

         図1 質量分析計の構成

 

質量分析計は、試料導入部-イオン化部-質量分析部-検出部から構成されます。試料導入部は、アンビエント質量分析のような直接試料導入(Direct Inlet, DI)、ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography, GC)や液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography, LC)を用いた成分分離を伴う導入があります。イオン化については、以前何回かに分けて解説していますが、EI, CI, ESI, APCI, など市販装置に用いられているだけでも10種類以上あります。

 質量分析計の種類は、先ずは試料導入法によって分けられます。DI-MS, GC-MS, LC-MSといった具合です。この分け方は、イオン化部や質量分析部に何が使われているかに関係なく、試料導入法だけに関係します。

 

 DIは、試料成分の分離を伴わないため、一般的には単一成分の試料の分析に用いられます。また、混合物試料であっても、試料全体のイオンプロファイルを短時間で確認したい場合などにも用いられます。DART (Direct Analysis in Real Time)に代表されるアンビエント質量分析計や、MALDI-MS(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometer、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計)は、最近ではDI-MSの代表例と言えるでしょう。その他、EIやESIなど殆ど全てのイオン化部と四重極や飛行時間など殆ど全ての質量分析部との組合せにおいて、装置構成によってはDI-MSとして使用可能です。DI-MSで混合物試料を測定する場合、その目的の多くは、「どんな成分が含まれているのか、おおざっぱで良いので短時間で知りたい」、や「試料毎に検出されるイオンのパターンを比較する」などでしょう。また、アンビエント質量分析の場合、「試料をそのままの状態で分析したい」という要求も強いと思います。

 混合試料をDI-MSで測定する場合、目的に依ってはイオン化の種類が重要です。「どんな成分が含まれているのか、おおざっぱで良いので短時間で知りたい」場合、EIのようなハードイオン化ではフラグメントイオンが生成してしまうため、どんな成分が含まれているかと言う目的には適しません。また、ソフトイオン化の代表例であるESIでは、含有成分同士のイオン化抑制を考慮する必要があります。試料の揮発性も重要ですね。揮発性の試料なら、基本的にはフラグメントイオンを生成しないIA (ion attachment)が有用でしょう。

 DI-MSは測定時間が短い事が特長なので、複数のDI可能な装置がある場合、複数の方法を試すのが良いです。例えば、何か固形試料を測定する場合、先ずDARTで表面の揮発性成分を測定し、次にそれを極性溶媒に溶解して、溶解した分をインフュージョン試料導入のESIで測定し、次は無極性溶媒に溶解して、溶解した分をDI-AIで測定する。と言った流れです。それぞれに対応できる装置が無いと出来ないので、このような測定が出来る組織は、かなり限られるとは思いますが。

 

 次に、混合試料を、成分分離を介して質量分析したい場合、GC-MSを使うかLC-MSを使うかも、悩みどころだと思います。どちらかしかない場合、それを使うしかありませんが、両方の装置がある場合はどうか。結論から言ってしまうと、“両方持っている人は両方使いましょう”という事になります。GC/MSとLC/MSは、対象となる分析種の性質やイオン化法が全く異なるため、双方補完するデータが得られるためです。両方使うにしても、ではどちらをファーストチョイスにするかと言う問題があります。

 GC/MSは、試料をGCカラムに導入する際に加熱・気化が必要なので、GCによる分離の対象になるのは、揮発性化合物です。一方LC/MSの分析対象となる化合物は、何らかの溶媒に溶解すればよく、揮発性の有無は関係ありません。どちらかと言うと、軟揮発性化合物の方が得意です。つまり、試料に含まれる成分が揮発性ならGC/MS、軟揮発性ならLC/MSという事になります。しかし、全くの未知試料の場合、試料中の成分が揮発性なのか軟揮発性なのかを知る事は、それ程簡単ではありません。

 

 GC/MSとLC/MSのどちらが得意か? と言う事も、どちらをファーストチョイスにするかと言う問題に関わると思います。得意な方、慣れている方が、やはりファーストチョイスにし易いです。私の場合、圧倒的にLC/MSの方が慣れているので、やはりファーストチョイスはLC/MSです。水、メタノール、アセトニトリルなどの比較的極性の高い溶媒に溶かしてみて、溶ければ、あるいは全てでは無くても溶けた分だけを、逆相のLC/MSを使います。また、ヘキサンやジクロロメタンなどの低極性溶媒に溶ければ、順相のLC/MSを使います。

 GC/MSの対象となる揮発性化合物は、ヘキサンなどの低極性溶媒に溶解し易い場合が多いので、順相のLC/MSで測定する溶液を、そのままGC/MSでも測定する、と言う流れが良いと思います。

 如何なる溶媒にも溶解せず、残渣が残る場合もあります。その場合は、残渣を熱分解GC/MSやTG/DTA-GC/MSなどの方法で測定します。ただし、これらの方法では、試料を高温で加熱しますので、試料中に含まれる化合物がそのままの形で測定できるとは限りません。熱分解生成物を測定する可能性が高いです。

 

 複雑な混合物から成ると推測される未知試料の測定では、如何なる装置や方法を用いても、「これで全て解る」と言う完全なゴールにはなかなか辿り着けません。得られた結果は、その方法を使った上での限定的な結果である事を認識する必要があります。それを理解した上で、現在手元にある装置でどこまでできるか、を考えて工夫して、出来得る範囲の最高のデータを出すのが、分析者としての腕の見せ所でしょう。データを得るまでだけでなく、得られたデータを解析する段階でも同様です。私は、それが楽しくて、長い間質量分析屋をやっています。

 

次回は、「分析目的と質量分析計の種類について-2」として、イオン化の話を書いてみたいと思います。

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