LC-MSにおけるイオン取込細孔の電圧設定とマススペクトルパターンについて
前回、LC-MSに用いられているESIやAPCIのイオン源において、イオン取導入細孔の電圧設定について解説する記事を書きました。
今回は、”この電圧を変えると具体的にどうなるか?”を具体例を挙げて解説したいと思います。
Waters社のSYNAPT G2-Sを用いて、ペプチドの一種であるロイシン・エンケファリン(C28H37N5O7、モノアイソトピック質量 555.2693)を測定した例です。正イオン検出のESIで測定すると、溶媒条件によっても異なりますが、m/z 556([M+H]+)が主に検出されます。イオン導入細孔(cone)電圧を30 V,50 V, 70 Vに設定した時のマススペクトルを図1に示します。
図1 イオン導入細孔(cone)電圧と[M+H]+強度、マススペクトルパターンの関係
m/z 556イオン強度は、cone電圧を30 Vに設定した時に最高値を示しました。データには示していませんが、これより低い電圧では、同イオン強度も低い値を示しました。そして、30 Vよりも高い値(50 V, 70 V)に設定すると、 m/z 556イオンよりも小さな m/z 領域にイオンが観測されるようになりました。これらは、 m/z 556イオンが断片化して生成したフラグメントイオンです。この現象は、In-source CIDと呼ばれています。CIDは、collision-induced dissociationの略で、日本語では衝突誘起解離と言います。イオンがHeやN2などの不活性ガスと衝突する事で、内部エネルギーが上昇して断片化を起こす現象です。ESIのイオン源の一例を図2に示します。
図2 ESIのイオン源の例
イオン導入細孔に印加する電圧は、その後段にイオンを送り込む役割を果たしますが、この電圧を高く設定すると、残存している空気(主にN2)分子と衝突して、CIDが起こります。フラグメントイオンが生成する事で、元のイオン(プリカーサーイオン)の構造情報を得る事が出来ますが、プリカーサーイオンの強度は低下してしまうため、分析の目的に応じて、この電圧は最適値に設定する必要があります。多くのエンドユーザーの方は、この電圧をデフォルト値で使用する事が多いと思いますが、このようにイオン強度やスペクトルパターンに影響を与えるパラメーターである事を認識して使用して頂くと良いと思います。