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エレクトロスプレーイオン化の基礎:イオン源の変遷その2

少し前の記事で、日本に初めてエレクトロスプレーのイオン源(ESイオン源)が入ってきた頃の事を書きました。初期のESイオン源は、とてもじゃないけどLC/MSに使えるような代物ではありませんでした。図1に初期のESイオン源を示します。

 

図1 初期のESイオン源

 

ESIがLC/MSのイオン化法として汎用的に用いられるようになったのは、①大量の液体を帯電液滴にする、②帯電液滴の脱溶媒効率を向上させる、③大気圧で生成したイオンをロスなく質量分離部まで運ぶ、の3つの技術開発に依ると思います。

 

①を可能にしたのが“空圧ネブライザー”です。以前の投稿で書いた様に、図1に示した初期のESイオン源では、導入できる液体流量は5 µL/min程度以下でしたから、直結できるLCはミクロLCだけでした。しかし、当時は、現在のようにナノLCやミクロLCは普及していなかったため、ESIをLC/MSのイオン化として普及させるためには、汎用LC(内径4.6 mmカラム、移動相流量1 mL/min)との直結が必要でした。

 静電的な作用のみでは帯電液滴に出来ない大量の液体を如何に液滴にするか?

その技術開発に、各メーカーがしのぎを削っていた時期がありました。加熱ネブライザー、超音波ネブライザーなど、様々な技術が開発されては消え、最終的に現在の空圧ネブライザー即ちガスの圧力によって液滴を生成させる方法に落ち着きました。

 

②帯電液滴の脱溶媒も非常に重要でした。液体流量が5 µL/minの時と1 mL/minの時では、当然ですが液滴のサイズと溶媒量が大きく異なりますので、空圧ネブライザーによって生成した帯電液滴を乾燥させるためには、強力な加熱デバイスとの組み合わせが必要でした。加熱チャンバー、加熱したガスを吹き付けるなど、こちらも様々な方法が開発され、現在でもメーカーや機種に依って異なる方法が用いられています。

 

③大気圧で生成したイオンをロスなく質量分離部まで運ぶ事を可能にしたのは、“高周波電圧を使うデバイス”の開発に依るところが大きいと思います。イオンガイドやイオンファンネルなどの高周波デバイスは、差動排気の中段、真空度がまだ高くない領域に配置され、イオンを進行方向に殆ど加速させることなく、高周波電圧によってイオンを収束させながら次のステージに導くことが出来る技術です。これら高周波デバイスが搭載されたESイオン源を初めて使った時の感動は、今でもはっきり覚えています。

 

当時の日本電子では、大型のSector-MSでFrit-FABやESIなどを装着してLC/MSを行っていました。私も、AB社が開発した初期のESイオン源を使った事があります。検出されるイオンの様子はオシロスコープで確認するのですが、イオン生成が非常に不安定で強度も低く、プロファイルが形になりませんでした。

 

加えて、地味だけど忘れてはならない改良点は、ネブライザーの方向とイオンの取り込み方向を直交あるいは軸ずらしにした事です。初期のESイオン源や、今でもナノESIではそうですが、スプレイヤーとイオン取込孔が同一軸上に配置されています。液体導入量が少なく、静電的な作用のみで帯電液滴が生成する場合、液滴のサイズが小さく電荷密度が高いため、この配置でも実用上問題ありません。しかし、空圧ネブライザーによって生成する帯電液滴は、サイズが大きく且つ電荷密度が低いため、スプレーの中心部分は脱溶媒仕切れない液滴や電荷をもたない中性粒子が大量に存在します。そのような状況でスプレイヤーとイオン取込孔が同一軸上に配置してしまうと、イオン以外の“余分なもの”が質量分析計内部に侵入してしまい、ノイズレベルが上がる原因になります。そのため、空圧ネブライザータイプのESイオン源では、主に直交スプレーが採用されています。

 

最近のESイオン源の一例を図2に示します。

図2 空圧ネブライザータイプのESイオン源

 

 

私は日本電子に務めていた時、このESイオン源の変遷を間近で見てきました。ナノESIについては、自身でも開発に携わっていました。LC/MSが現在のように汎用的になったのは、開発に携わった研究者や技術者たちの努力の賜物です。敬意を表したいですね。

 

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