エレクトロスプレーイオン化の基礎:イオン源の変遷-1
少し前にエレクトロスプレーイオン化のイオン生成について書きました。
https://www.sitsuryobunsekiya.com/blog/256642.html
ESIの開発によって、LC-MSは実用的な装置になりましたが、エレクトロスプレー(ES)イオン源が最初からLC-MSに用いられていた訳ではありません。
今回は、私の知る限りという限定付きですが、ESイオン源に関する変遷について書いてみたいと思います。
市販のESイオン源を最初に開発したのは、Analytica of Branford(AB)という会社でした。1990年代の中頃のことだったと思います。当時、質量分析計の主なメーカーは、LC-MSのイオン源としてサーモスプレーをもっていました。
サーモスプレーについては、大分前にアメブロで解説を書いています。
AB社は所謂サードパーティーで、各質量分析計メーカーにESイオン源を供給していました。初期のESイオン源の構造概略(詳細は正確ではないかも)↓
ESは、高電界の作用で帯電液滴を生成させる技術ですが、液体の連続流から安定的に帯電液滴を生成させるには、液体の流量に制限があります。その流量は、概ね<5 µL/minです。1990年代中頃、LCで用いられていた移動相流量は1 mL/minが主であったため、LCをESI-MSに直結することは不可能でした。そもそも、当時のESイオン源で生成されるイオンは非常に不安定で、綺麗なマススペクトルを得るためには、最低1分間程度はシグナルを積算させる必要がありました。クロマトグラムのピーク幅を考えると、LCとの接続が不可能だったことが容易に分かると思います。
イオン生成が不安定だった主な要因は、検出器に到達するイオン量の少なさだったと思います。上図のESイオン源の構造のように、当時のイオン源ではスキマーの後段に高真空中でのイオン収束に有効な静電レンズが配置されていました。ESIは大気圧でのイオン化法なので、スキマー部分、その後段の部分、質量分離部と徐々に真空度を高める差動排気という真空排気法が用いられます。スキマーの後段部分は、それ程真空度が高くありません(100 Pa程度)。 静電レンズはイオンを収束させるのに有用なデバイスですが、イオンの進行方向に対してレンズ-レンズ間の電圧差を利用してイオンを加速させます。真空度があまり高くない領域で、このように電圧差でイオンを加速させてしまうと、イオンが大気分子と衝突してしまいます。
そこで、次回以降で解説する“高周波電圧を使うデバイス”の開発によって、低真空領域でのイオンの透過効率が劇的に向上しました。
ESIを始めとする大気圧イオン源が現在のように汎用的になったのは、“高周波電圧を使うデバイス”の開発に依るところが大きいと思います。