blog

質量分析ってなに? その3

少し前から書き始めた、質量分析に関する基礎的なブログ、「質量分析ってなに?」シリーズ。3回目は、質量分析で用いられている多くのイオン化法の中から、最も伝統的で且つ今でも汎用されている「電子イオン化」について、またそれによって得られるマススペクトルについて解説します。

 

 先ずは、電子イオン化についてです。電子イオン化は、英語ではelectron ionization、通常その頭文字をとって「EI(イーアイと発音)」と呼びます。質量分析を行う装置を質量分析計と呼び(その構成については追って解説しますが)、分子や原子をイオン化する場所(イオン化部)、イオンの質量(m/z)を分離する場所(質量分析部)、イオンを検出する場所(検出部)、装置の制御やデータ解析を行うPC、から構成されます。質量分析計には様々なタイプがあります。下の3つの写真は、私が普段の仕事で使っている装置達です。

これらは、今回解説するEIイオン化部は搭載していません。EIを搭載した装置例として、以前勤めていた日本電子のホームページから、以下の写真をお借りしました。

https://www.jeol.co.jp/products/detail/JMS-Q1500GC.html

 

質量分析計の内部、特に質量分析部と検出部は、使用するときは高真空状態にしておく必要があります。イオン化部については、装置のタイプによって、真空状態のものと大気圧下のものがあります。イオン化にEIを用いる質量分析計は、イオン化部から検出部まで、全て高真空状態になっている必要があります。何故高真空が必要なのか? については、またどこかで解説したいと思います。

 

EIのイオン化部のイメージ図と実際の写真を示します。

 

細い金属線(フィラメントと呼ばれる、金属は主にレニウム)に高電流を流すと、エネルギーの高い熱電子が発生します。EIでは、気体状の試料分子(や原子)に対して、熱電子線を照射する事で、原子や分子が励起され、電子が一つはじき出されてプラスの電荷をもつイオンになります。

 

下の図は、ヘリウム原子(He)がEIによってイオン化するイメージを示しています。前回、同位体について解説しましたが、特に何も示さないときは、通常は天然存在比の最も大きな原子を示します。ヘリウムの場合は、4Heです。Heは、原子核が2個の陽子と2個の中性子で構成されていて、電子は2つです。陽子はプラス電荷、電子はマイナス電荷ですので、この図の左の状態で中性です。そして、EIによるイオン化では、熱電子照射によって電子が一つはじき出されて右のようにプラス1価のイオンになります。原子や分子の質量は、原子核(陽子+中性子)の質量+電子の質量です。それぞれの質量については前回書きましたが、He原子の質量は約4 Da、そして、電子を1つ失ったHe+の質量も殆ど変わりません。EIでHeを測定したマススペクトルでは、この質量を示す4という数値が得られることになります(装置によっては、数値が小さすぎて見えないこともありますが)。

 

では次に、もう少し大きな分子について、実際のマススペクトルを見てみましょう(出典:SDBSWeb(https://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 2021年9月4日現在)を一部改変)。試料分子は、前回も登場したエチルアルコールです。分子式はC2H5OH、質量は約46(12×2+1×6+16)です。第一回目で、マススペクトルの横軸はm/zであり、今は単純に「m/z = 質量」と考えると書きました。このマススペクトルには、m/z 46のピーク(イオン)が検出されており、このイオンは分子から電子が一つ脱離したイオンであることが分かっています。そして、この46という数値が、エチルアルコールの質量を表しています。質量を整数で表したとき46になる分子は、地球上には多数存在しますので、質量46=エチルアルコールであるとは言えず、分子構造の推定には、m/z 46より小さなm/zのイオン(フラグメントイオンという)と、各イオンの強度比が重要になります。データベースに登録されている既知分子のマススペクトルと実測のマススペクトルを比較する、“ライブラリーサーチ”という方法で分子の同定を行うのが一般的です。これについては、別の機会で解説したいと思います。

 質量分析の基本的なブログはまだまだ初めたばかりですが、とりあえず今回までで、「質量分析から分子の質量が分かる」事について、その一端は解説できたと思います。次回は、EIのイオン化法の弱点と、それを克服するための他のイオン化法について、およびそのイオン化法によって得られるマススペクトルからどのように分子の質量情報を得るか、などについて解説します。

ページトップ